皆様からのお言葉


映画『七日』をご鑑賞くださいました皆様から沢山のご感想やご批評、メッセージが発信されています。

この場所でまとめさせていただきますので、ぜひご覧ください。

 

映画の内容に触れたものもありますので、映画を未見の方はご了承の上、お読みください。

 


全編モノクロ台詞なしのアヴァンギャルド映画

 

男の生活は毎日がほぼ同じ作業の繰り返しだった。朝早く起きて歯を磨く。着替えて近所の集積所にゴミを出す。朝刊を読みながら飯を食い、洗濯物と布団を干す。年老いた祖母と二人暮らしだが、会話らしい会話はない。家での仕事が終われば、歩いて牛舎に向かう。牛の乳を搾り、餌を与え、牛舎を隅々まで清潔に掃除する。そうした作業の合間に、簡単な昼食を取る。牛の世話が終わればまた歩いて家に戻り、祖母とふたりでテレビを見ながら飯を食う。使い終わった食器を洗い、祖母の入れ歯を掃除し、布団に潜り込んで少し本を読んでから寝る。晴れても雨でも、やることは変わらない。たまには酒を飲むこともある。だが大きく羽目をはずすことはない。すぐちかくに街もあるが、遊びに出ることもない。牛の世話に休みはないからだ。朝起きると顔を洗って歯を磨き、ゴミを出し、朝飯を食い、牛舎に通って仕事をし、晩飯を食って寝る。こうして男の時間は過ぎていく。

 

全編モノクロで台詞なしの映画といえば、新藤兼人監督の『裸の島』(1960)を思い出す。しかし『裸の島』にはあったドラマが、この映画には存在しない。『裸の島』にはあった喜怒哀楽の感情が、この映画には存在しない。映画はただ淡々と、主人公の男の日常生活を描く。朝起きて、夜寝るまでの日常を、月曜日から次の月曜日までの7日間、淡々と描き続ける。この映画は新藤兼人の『裸の島』より、むしろマヤ・デレン(1917〜1961)やスタン・ブラッケージ(1933〜2003)のアヴァンギャルド映画に似ている。前衛なのだ。実験映画なのだ。手法としてはいささか古風な気もするが、テレビを見ながら食事をするとか、入れ歯の掃除をするとか、毎朝のゴミ出しをするなどの行為も「アヴァンギャルド」になるというのは、映画を観る人にとっては発見かもしれない。映画の中から台詞を排除しつつ、登場する風景そのものは雄弁に状況を語っている。

 

映画は主人公の男の状況を執拗に描写しいてくのだが、映画の中に登場しないものや、画面の中から排除されているものがかえって気になってくる。例えばこの映画には、男が洗面やハミガキをする場面はあっても、トイレに行く場面や入浴する場面が出てこない。食事の後片付けをする場面は出てくるが、食事を作る場面は出てこない。絞った牛乳を出荷する場面もない。買い物に行く場面もない。男の両親はどこにいるのか? なぜ男はひとりで牛の世話をしているのか? 男が牛舎まで往復する道の様子が、日によって大きく異なっているのはなぜなのか? わかりやすい日常の風景をただ時系列に切り取っているように見えて、この映画が切り取る場面は結構限られているし、どこをどう切ってくるかはよく考えられているようなのだ。限られたモチーフを繰り返し使いながら、それを重ねあわせ、展開していく映像と音響のシンフォニー。物語はないので、それだけご注意を。


モノクロで台詞は一切なし。

 

主演は牛を飼う男(監督さん)ともくもくと食事するだけのおばぁちゃん(平山ミサオ/監督さんの祖母)。

 

渡辺監督の出身地・栃木県大田原市から名付けた映画制作集団「大田原愚豚舎」は2013年に『そして泥船はゆく』を作る。

この時の主役は今映画祭上映の『下衆の愛/内田英治監督』でも主役を演じている渋川清彦さん。

おばぁちゃん役は同じ平山ミサオさん。『七日』ではこたつに座ってご飯をもぐもぐと召し上がるだけ。

 

そんな牛飼いの男の日常(七日間)をカメラはほとんど男の後ろ姿を追いかけている。

 

男のウィークデーは、朝起きる、顔を洗い歯を磨く、ゴミ捨てにいく、湯を沸かしインスタントコーヒーを入れる、朝食をとる、布団を干す、相当遠い牛舎に歩いて出かける、牛舎の掃除、乳しぼり、地下に潜って肥料?を運ぶ(この作業がわからなかった)、鉄塔の見える道端で一服、家に帰り晩ご飯を食べる……音楽は沖縄民謡のような激しい音の曲と不気味な声や、それとは正反対のシューベルトの歌曲が流れる(菩提樹、春の夢など)。そしてまた朝…

納豆ご飯が卵がけご飯に変わるぐらいで同じ日が続く。土曜は墓参り、日曜は壁を相手にキャッチボール。

 

途中退場する人、数人いたが、私はこの男の背景から、東日本大震災で牛舎の壁に遺書を書いて自殺した酪農家の男と重ね合わせていた。

 

もし彼が生きていて生活しているなら、ここは再生の場所としてこの牛舎に雇われているのだと勝手にストーリーを作っていた。何の説明もないだけに自由に映画に入り込むことができた。


彼方に一本の大木が屹立する道をただ歩き続ける男の後ろ姿を、

モノクロームの映像はひたすら追う。

堆肥を運搬し、牛に餌を与え、

郵便箱から新聞を取り出した手で食事を作り、

ゴミ捨て場への長い道のりを辿る

彼の規則正しい日々の営みからにじむ原初的な人間の生命力。

そんな銀幕の平穏が、ノイズのような音楽と、

高らかな女性の民話調の歌声で突如として破られるように、

それは決して退屈な反復ではないと、渡辺監督は示唆する。

平山青年は孤独だ。

食事から洗濯に至るまで

家事の一切を彼自身が取り仕切る自宅には、

祖母らしき女性が同居するが、

食事中も無言のまま、ラジオ放送と食器の音だけが部屋に響く。

仕事仲間は存在するようだが、

遊びといえば壁打ちの独りキャッチボールという日常生活にも、

しかし寝そべった彼の剝き出しの太鼓腹を

祖母が幾度となく平手打ちするような、そこはかとないユーモアもこぼれる。

週末、先祖の墓参りをする律儀な平山青年を、渡辺監督自ら演じることで、

東京近郊の地方都市で生きる独身青年の

ドキュメンタリーさながらの“言葉のない”リアルな生活感が銀幕に息づくが、

一転、殺風景な原野に分け入る彼の背中に漂うただならぬ鬼気には、

閉塞感にあえぐ地方都市に生きる若者の不穏とも感じ取れる。

スマートフォンやパソコン等とは無縁の現代生活が違和感なく成立する、

宇都宮ナンバーの車が駐車場に停まる北関東の村で、

ラジオから流れる天気予報がまったく当てにならず、

コタツと扇風機が出しっぱなしで、

夜は蚊取り線香の傍で読書という“七日”は、

ある特定の1週間ではなく、

あくまでもアトランダムな7日間なのだと惚けてみせるかのようだ。


ミニマリズムの極地から見えるもの【映画レビュー】『七日』【東京国際映画祭2015】

猫が道を横切る、そんな何気ないカットがいつまでも心に残る。

渡辺紘文監督の『七日』は、その舞台設定からしてとてもシンプルな映画だ。全編モノクロ、役者は二人と牛たち、セリフ無し。ストーリーもほぼ無いに等しい。主役の二人は監督本人(渡辺紘文)と彼の実の祖母(平山ミサオ)だし、舞台となる家もそのばあちゃんが実際に住んでいる家だ。予算の方も(たぶん)恐ろしくミニマル。

前作『そして泥船はゆく』(2013年)では、いまや日本映画にかかせない俳優の一人となった渋川清彦を主演にすえ、彼の下衆さを全面に押し出した軽快なコメディを見せてくれた渡辺兄弟だが、本作では一転して、ドラマ性を排除した冷徹な「日常劇」を展開する。いや、「劇」というのは少し言いすぎかもしれない。この映画ではいわゆる劇的なこと、ドラマティックな展開は、本当になにも起きないのだ。

朝、男(渡辺紘文)が歯を磨き、ゴミを捨てに行き、朝食を食べ、仕事場に向かい、牛の世話をし、飼料を買い、帰宅して夕食を食べ、寝る。という一連の動作が丹念に写し取られる。一週間を描いた作品だが、恐るべきことには、一日目と二日目がほとんど同じ構成だということ。これから始まるのは「おっさん版「エンドレスエイト」なのではないか。」という恐怖にとらわれる。東京国際映画祭で、私が観ていた回ではこの時点で観客の4分の1が退出した。しかし、物語(と言っていいのか)、男の日常は少しずつ変化していく。冒頭に掲げた「道を横切る猫」はその一つだし、雨が降れば男は仕事を休む。この地に住む彼が自然とともに生きていることがわかる。食事を食べ過ぎた夜は、パンパンに膨らんだ腹を上にして横になる。その腹を太鼓のように叩くおばあちゃんがまた愛おしい。だがしかし、この映画は基本的には、「何も起きない」映画である。

そして、その「何も起きない」ということは恐ろしく作為的だ。一見するとドキュメンタリーのような様相も見せるこの映画は、それとは正反対に、綿密に仕組まれたフィクションの網の目で出来ている。全く同じように見える1日目と2日目、全く言葉をかわさない家族、同じような構図が繰り返され、日々の暮らしが反復する。何気ない日常が非日常化していく。とても「映画的」な瞬間が立ち現れる。


年老いた祖母と暮らす一人の男の一週間を淡々と追い続ける映画。月曜日から翌週の月曜日まで,男は目覚め,洗面し,ゴミを出し,新聞を取り,朝食を食い,仕事に出かける。仕事は牛舎での牛の世話だ。仕事をし,昼食を食い,帰途につき,夕食を食べ,寝る。それが繰り返される。セリフは一切なく,撮影監督・方又玹の実に力強いモノクロームの映像と,音楽監督・渡辺雄司による土着めいた圧倒的存在感を持つ音楽が映画を支配する。

毎日の繰り返しという観点で言えば,小林政広監督の「愛の予感」を思い出す人が多いかもしれないが,「愛の予感」はあくまでもミステリであり,ラブストーリーであり,毎日の繰り返し映像が,信じられないような緊迫感を生んでいる。しかし,本作はそれとは対照的に,全く逆の方向性を示しているように思える。単調なる繰り返し。しかし,それが実に魅力的なのだ。この映画を観て退屈だと言う人には,この映画を語る資格はないように思える。


歯を磨き ゴミを出し 

無言で祖母と飯を食い 

働き 寝て起きて 歯を磨く 

雨ニモマケズ風ニモマケナイ七日間

“言葉”以前の生き物としての人間

セリフの代わりに全編を覆う

鳥と虫と雨と風の“声”そして

時折襲う暴力的で哀感に満ちたビートが

“諸行無常”を響かせる

平野を吹きすさぶ北関東のからっ風

高圧線の下 食う男

胸をしめつける寂寥感

 

「わずかにこの哀感の力にて

 我が心はかすかながらも

 永遠の命のおもかげに触れるなり」

         国木田独歩


TIFFより『七日』。素晴らしかった。

ただ1週間を撮っただけのロシア民謡のような作品だが、何かと不思議な点があり(ゴミの量とか蒲団干しとかばあちゃんの飯とか)、突き詰めた結果、ファンタジーに昇華した感が強い。観ていてまったく飽きない。それは淡々とした日々に生じる美なのではないか。


『七日』台詞による説明を削ぎ落としたことで、観客はスクリーンに映し出される人間や牛の動作に観入り、自然音・テレビの声・音楽に耳を傾けることになります。映画を見つめていると、私は反復する日常を見ているようで、実は流れる時間の差異に身を置いていることを感じました。

おばあちゃんがコタツに座ってモグモグと口を動かしていることで安心しているけれども、もし、そこに不在を見たらどんな気持ちになるだろうかと。そして、男(主演=監督)が壁キャッチボールをするシーンを目の当たりにし、彼の孤独がひりひりと伝わってきて胸にしみました。

監督の愛嬌ある後ろ姿が、日ごとに頼れる男に見えてくるのは幸せな時間で、グースカ眠りこけて丸出しの太鼓腹をおばあちゃんがパシパシ叩くのも可笑しかったし、男の几帳面さがときにユーモラスに映り(洗顔・歯磨き、ゴミ出し、ばあちゃんのポリデントなど)大好きな映画です!


映画「七日」は、非意味の作品。合理性を炙る。六本木ヒルズで上映する価値。映画館=強制力の装置。退屈で面白い。

反復の予感。眠くならない不思議。スマホを登場させない意思。大層な世界としてのニュースの音。腹は迎合。新聞を左から右に読む。あなたは無意味に耐えられるか。書体良。


TIFF「七日」途中退席者が出る攻めの内容。

でも、これでいい。攻めなくちゃダメなんです。

僕は今回の方が色々考えさせられたので、前作「そして泥船はゆく」より好きです。


TIFF「七日」日常とは何か?を突き詰めようとした映画。日常とは単調といえば単調だし、実は見方を変えれば単調ではないし、単調でもそこに美はあるしと、そういうものを丸ごとモノクロ、セリフなしで表現しきった点は素晴らしい。賛否両論なのは納得の内容だけど、僕は好きな映画です。


TIFF「七日」は面白い映画だと思う。これをツマラナイって言えてしまうのは、自分の日常を否定しているような気もするんですよね。そういうこと考えさせる作りになってるのが面白いのかも。


TIFF「七日」一方で日常のはずなのに、天気予報と実際の天気が全然違ったり、ゴミの日が多すぎたり、布団干しがずっとそのままに見えたり、不自然なシーンもよく考えると多かったするあたり、架空の日常であることを敢えて混ぜてるのかな。QAで聞けば良かった。


東京国際映画祭で『七日』鑑賞。監督が主演してることもQ&Aで言ってるほど、というか、全然気にならなく普通に受け入れてしまってた。

大田原愚豚舎なら自然な流れな気がしてしかも違和感なく見られた。ポジティブな意味で必然性があったキャスティングだと思った。

音楽の雄司さんは、今までもストーリーに合った音楽を作れる才能ある方だなと思ってたけど、とうとう音楽で映画に別の柱を立てるようになったと感じました。セリフがないせいもあるかもだけど、すごいよー!

最初の月曜日、このままこれが続くのかとちょっと恐れるほど淡々としてるのですが、3日くらいたつと、終わってほしくなくなってくるという不思議な感覚になってきて、面白かったでした!


『七日』だん。エンドレスエイトだった。

途中退席する人の気持ちもわからなくはないが…。あの内容で寝なせないのは凄いよ。


2015 10本目は渡辺紘文監督の『七日』。前作の『そして泥船はゆく』からあらゆるドラマ的要素を削ぎ落としたミニマリズム的な作品。初日の月曜と火曜がほとんど同じなので、ここで途中脱落者が出た笑 

細かい変化に気がついていくのが面白い。全然眠くならない不思議な映画。


この前観た『七日』はずっとこういう感じでじっと見てるだけなのかなあと思って最初は戸惑ったのに途中から心地よくなってきちゃって、ちょっとした違い、繰り返しが楽しくなって、歩いてる時の映像と音楽が好きだった。

もう一度最初から観たいなあ。


『七日』P&I上映。祖母と二人で暮らしながら、ひとり牛を飼う男の生活。

これで2時間は結構キツイ。

しかしこの男の生活は、この映画の前にも、この映画の後にも存在するのだ。

生きることとは、苦しみそのものである。


田舎で暮らすのは決してパラダイスではなく、平凡な一日の繰り返しで、「こういった生活に耐えられるか」と都会に住む人々の憧れを拒否する姿勢を感じた。

静かな描写とは対照的に音響が大きく、鋭利に尖っている。牛舎の糞尿に飛ぶハエの羽音を爆音で聴いたのは初めてだ。

セリフがない映画ではあったが、テレビのニュース放送は今の日本についてのメッセージを発信していたのだろうし、東京国際映画祭だったら外国人向けに英語字幕をつけるべきだった。


東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門にて「七日」鑑賞。

写り込んでいるあれこれは、前作とほぼ変わらないのに、まったく異なる仕上がりに。

「七日」上映終了後のQ&A。渡辺紘文監督、渡辺雄司音楽監督、方又玹撮影監督。スタッフはこの三人がすべて。

作品ともどもウルトラミニマム。

酪農青年の一週間を台詞を排して描いた「七日」。

テレビの音でかろうじていつの時代の景であるのかが解る。

季節がちょっと解り難かったかも。あと15分短かったら更に善いw


七日@TIFF。

なんの予備知識なかったけど、わたしは好きだなー。

ガテン系だけど実は文系な主人公(監督)も、実のおばあちゃんもかわいい。


『七日』

かなり年老いた祖母と二人暮らし、牛舎で働く男。起きて、ゴミ捨てて食べて、仕事して、寝て。日々繰り返される日常の風景…面白い。音楽も印象的。監督本人とそのおばあさんが出演⁉︎


東京国際映画祭で4本。ぽっちだが、中でも印象に残ったのは、ドキュメンタリー風味のフィクション2本。

強く厳しい大自然に在る家族を圧倒的スケールと美しさで描いた、観る叙事詩『カランダールの雪』。

セリフの無いモノクロ映像で繰り返し描かれる日常が、観る者それぞれを深読みさせる『七日』。


『七日』。何とも大胆。

白黒、台詞なし、登場人物は男と祖母の2人だけ。

誰とも喋らず、まるで儀式の様にゴミ捨て、牛舎の仕事、食事を繰り返す月曜〜日曜の農村暮らし。

映像の変化の少なさに比して音響が異様にデカく、ハイレゾで生活音を聴く如し。


渋谷の秘密基地みたいな素敵なBARで痺れる映画を観ましたよっと🎬

大田原愚豚舎第2回作品『七日』。

一昨年のTIFF以来でしたが、新たな発見もいっぱいで素晴らしかったなぁ〜✨✨

イタリアのニューレアリズムを観てる気になったり、実はあの唄お婆ちゃんが歌ってるんじゃないの?と妄想したり…

第3回作品『プールサイドマン』と併せてもっともっと沢山の人に観て欲しい❣️

 


VANDRISM渋谷で「七日」を鑑賞してきました。

頭の中であの力強い音楽と、シーンがチカチカと絵のように焼きついています。

静かに過ぎていく時間が、この親子が喋っている時はどんな感じなんだろうと、気になりました。

七日に出てくる人物はきっと何年もこの毎日を過ごしていろのだろうけど、この当たり前のルーティーンを体に溶け込ませるまでに前々からこの生活をしていたのかなぁ。


渡辺紘文監督『七日』鑑賞。

かなりストイックな作品。平凡な日常を、執拗に繰り返し描く狂気。ごくごく当たり前に過ぎ去っていく日々に、恐ろしさすら感じる。『プールサイドマン』再見したいな。都内で大田原愚豚舎作品の特集上映をやってほしいな。


『七日』途中退席者続出とか賛否両論も納得の映画だけど自分は嫌いじゃなかった。

煙草を吸いながら観られる空間で観たのもよかったのかも。

映画館でみたらまた印象が変わると思う。


昨日渋谷のVANDALISMで渡辺紘文監督の「七日」を鑑賞。‬

‪これは音を楽しむ映画だな。‬

‪上映終了後の渡辺監督と宇賀那健一監督とのトークでも触れていたが、いろんな裏メッセージも詰まっていて深いです。‬

TIFFで途中退席した方たちにはそれがわからないのだろうな。


面白かったです。

タイトルの出方でちょっと笑ってしまったりして。

ドイツの歌もアイヌの歌もいまでも耳に残っています。

またもう一度観たいです。


渡辺監督へ

vandalism渋谷で『七日』を観賞させていただきました。

見逃してからずっと観たいと思っていたのですが、やっと観ることができました。

そして期待通りに、いや期待以上に、これこそが映画だと思わせる素晴らしい作品でした。

モノクロで描かれた北関東の田園風景、風の音や牛の鳴き声などの自然音、そして雄司さんの音楽が今もリフレインするように頭に焼きついていて、今もその衝撃を日常に引きずっています。

この映画が劇場未公開だなんて本当に勿体無いですね。

公開された際にはもう一度必ず観に行きます。

素晴らしい映画をありがとうございました。


映像も音楽も素晴らしく、面白かったです。

鳥のさえずりやカラスの鳴き声、鶏のコケコッコーもとても印象的でキャストが少なくても密度の濃い、というかそれぞれのシーンが美しく心地よかったです。渡辺監督のお腹も素敵でした。

次回作も楽しみにしています!!


渡辺紘文監督作品『七日』をみた。

アフタートークで監督たちも言っていたが、確かに新藤兼人の『裸の島』やタルベーラの『ニーチェの馬』を想起させる。

しかしそこに寓話性は無い。

映画全体を支配するのは北関東で祖母と暮らす牛飼いの男の日常生活を徹底して描くリアリズムだ。

執拗な繰り返しと長回しの演出によって確かに観る人によっては退屈に感じる映画なのかもしれないが、私には逆に日常生活の節々にある張り詰めたような緊張感が感じられ、みているあいだじゅう退屈する暇などなかった。

劇場公開はいまだに未定だという。どうにかならないものか。


「七日」

渡辺 紘文監督作品。大田原愚豚舎制作。

VANDALISM渋谷2周年フェスティバルで1日だけの上映があったのを観ました。

渡辺監督は、昨年、東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞した方です。

一作目の「そして泥船はゆく」二作目の「七日」も映画祭で上映され、そして三作目の「プールサイドマン」で並みいるノミネートの中グランプリをとりました。素晴らしいことです。

しかし、「七日」は残念ながら未だに劇場公開されてないそうで。今回はVANDALISMのオーナーで映画監督の宇賀那健一監督が、フェスの目玉に観たい映画の上映会を企画された、その中の1本でした。

今月は宇賀那監督の「黒い暴動」に出会い、それでこの上映会を知りました。渡辺監督とは以前にお会いしていて、でも作品を観る機会がなく残念に思っていたので、今回の上映会はまたとない機会でした。

「七日」検索してみてください。監督ご本人もFBやアメブロに書いてます。映画祭では賛否両論、途中退出者も多かったとか。

そのまえぶれとして、モノクロだということ、台詞がない、監督ご自身が出演したと、そのぐらいの情報で今回観ました。

そして110分、台詞はなくても映像と音楽と自然の中の音で十分あきません。モノクロ、あの稲刈りの終わった後の冬に向かう田んぼの風景やまっすぐな一本道、牛小屋などモノクロが似合ってます。淡々と、ただ淡々と。飽きないで見られる人ばかりじゃないとも思いますが、私はしっかり観ることが出来ました。

おばあちゃんとの食事のシーンがあります。100歳に近い監督の実の祖母様だそうですが、その茶の間が特に印象深く残ります。あのゴミ箱あの柄、昔うちにもあったよ、祖母が生きてる頃は。こたつの脇の三ツ矢サイダー、農家の年寄りが好きなの知ってますか?監督は知ってたのかな〜。サイダーって古くからあって、きっとお年寄り世代の思い出の味なのかな〜。あと扇風機、秋も深まってるのに、田舎は出しっぱなしなのよね〜。ストーブが出てきても一緒に並んでたりね。

でももうちょっと欲を言えば、あのおばあちゃんの思い出をもう少し画面に映して欲しかったなぁ。一世紀近く生きてきた人の足跡というか何というか。せっかく100歳近い人が出演してるんですもの、ってそんなこと思いながら観てました。

あと、音楽、良かったです。監督の実弟、渡辺雄司音楽監督のオリジナルだそうですが、この作品、音楽の力、ものすごく大きいです。なんかお腹の底から響いてきてる感じで、私、気に入りました。渡辺音楽監督にお会いしたら、音楽を入れたタイミングはどう決めたのか、そこを聞いてみたいです。

次は「プールサイドマン」劇場公開を楽しみにしてますよ。


Un uomo vive in un piccolo villaggio fuori Tokyo assieme alla sua anziana nonna, i suoi giorni sono cadenzati da una monotona quotidianità, la colazione, il lavoro nella stalla e le lunghe camminate.

 

Dopo il felice esordio alla regia con And the Mud Ship Sails Away del 2013, i fratelli Watanabe ritornano con un altro lavoro che sul piano formale risulta ancora più estremo del primo.  7 Days è un lavoro senza dialoghi e parlato, girato in bianco e nero e sostanzialmente privo di una storia vera e propria, un film che alla sua premiere al Tokyo International Film Festival ha finito per dividere molto, stroncato da tanti e apprezzato da pochissimi. 

 

Praticamente seguiamo sette giorni nella vita dell'uomo e della nonna, ognuno dei quali è scandito dalle stesse scene che si ripetono, al mattino il lavello, la colazione, la camminata per portar fuori la spazzatura, le lunghe camminate nei campi per recarsi nella stalla - forse le scene migliori del lavoro soprattutto grazie alla musica - le vacche, il ritorno a casa e quindi la cena. L'attenzione dello spettatore si focalizza inevitabilmente sull'immagine dell'inquadratura e tutto ciò che essa contiene: i campi, gli alberi mossi dal vento, gli interni della casa, le mucche, i tralicci che si stagliano nella pianura, sono tutti elementi "paesaggistici" che risaltano anche grazie all'uso del bianco e nero del digitale. Anche la musica naturalmente gioca un ruolo fondamentale, sia quella strumentale sia quella cantata come un lamento, sorta di elemento circolare che accompagna le lunghe camminate del protagonista lungo i campi, una musica la cui cadenza quasi ipnotica si mette in risonanza con la monotonia ed il tedio della vita quotidiana dell'uomo e del paesaggio circostante. Una parte importante del lavoro è inoltre il sound design, il vento soprattutto, ma anche il mormorio della televisione e dei macchinari usati nella stalla, il ronzio delle mosche ed in genere tutto ciò che di solito viene relegato in secondo piano, dal punto di vista sonoro, proprio per l'assenza di parole, viene qui trasposto e proiettato in primo piano, in evidenza.

 

Ci sono alcuni momenti di scarto nel film, momenti comici, in verità uno solo forse, quando l'anziana nonna picchia sulla pancia del nipote che dorme, e nel paesaggio negli ultimi due giorni, sabato e domenica. Il sabato infatti dopo aver giocato da solo con una palla da baseball, l'uomo si reca al cimitero, come spesso accade in Giappone collocato su una collina, e da qui vediamo alle sue spalle una piccola cittadina. Un particolare minimo ma in un film dove tutto si ripete quasi allo stesso modo, si tratta di uno scarto visivo che funziona come una piccola rivelazione, comprendiamo cioè la geografia della zona ed in che modo la casa del ragazzo e della nonna si rapportino con il centro abitato e con la distesa di campi attorno. 

 

Oltre ad essere un'esplorazione del paesaggio non urbano giapponese - campi, montagne in lontananza, boscaglia, alberi, rigagnoli - è presente in filigrana, fin dalla scelta della location, il tema della perifericità delle campagne giapponesi rispetto alle metropoli, dove, secondo il racconto dei media, sembra che tutto debba succedere. Un concetto connesso è quello dello spopolamento dei piccoli paesi e di come questo influenzi l'agricoltura e di conseguenza la quotidianità delle vite dei (pochi) abitanti rimasti. Abitanti che sono per la maggior parte anziani: ecco allora il rapporto fra il figlio e la vecchia nonna.

 

La visione di 7 Days non è facile, si tratta di un film dove non c'è intrattenimento, in certi tratti è difficile da sostenere per la monotonia, ma allo stesso tempo si tratta di una monotonia circolare che ha la forza di ammaliare e di catturare con il suo ritmo, le musiche e le varie tonalità del bianco e nero. Un lavoro che esalta il potere contemplativo dell'immagine in sé e che ha il pregio, per chi apprezza questo tipo di lavori, di creare uno spazio aperto fra l'opera e chi la fruisce.

 

Sul piano stilistico alcune scene in particolare sono molto studiate e costruite con sapienza, hanno la forza cioè di mantenersi da sole per lunghi periodi di tempo anche se non succede praticamente niente - quelle mattutine al lavello o alcune in esterno fra i campi, ad esempio, sono costruite molto bene e fanno uso della luce naturale davvero ottimamente. 

 

7 Days è un lavoro che va sicuramente apprezzato per il coraggio di osare, evitando allo stesso tempo la trappola di voler essere troppo cinema art-house e lirico, un film sperimentale ma che non si vende come tale. Anche qui come in molta produzione giapponese contemporanea, il lungometraggio poteva essere sforbiciato di una trentina di minuti, anche se la monotonia, il tedio, la circolarità e la durata del film concorrono a creare una sorta di tempo dilatato funzionale allo stile ed alla riuscita del film stesso. 

 

Ora la speranza è che i fratelli Watanabe non si credano Lav Diaz o Bela Tarr ma che continuino nel loro originale percorso cinematografico in modo indipendente, anche se "piazzare" questo lavoro nei teatri o anche nei festival sarà impresa ardua. 


En sección competitiva se presentaba 7 days (『七日』 Nanoka, Hirobumi Watanabe). Tras la gran acogida de su And the Mud Ship Sails Away (『そして泥船はゆく』 Soshite Dorobune wa Yuku, 2013, Hirobumi Watanabe) en el circuito internacional de festivales, Watanabe vuelve con su segundo trabajo al certamen que le dio a conocer, cosechando en esta ocasión cierta incomprensión en la proyección para la prensa. Cierto es que el tempo de su película juega con la paciencia del espectador, especialmente esos dos primeros segmentos de los siete que anuncia el título, pero el resultado es hermoso en lo visual y personalmente también me parece interesante como propuesta narrativa. En la línea de la autoficción que caracteriza cierto tramo de la obra de Kawase, cercano a propuestas que cuestionan la ficcionalidad del documental –como en la filmografía del primer Isaki Lacuesta o de José Luis Guerin, curiosamente presente también en el festival con su Academia de las musas– y con múltiples elementos que recuerdan al cine de Albert Serra, la película tal vez no sea un dechado de originalidad, pero sí es un ejercicio cinematográfico sólido y altamente esteticista.

 

Sin duda, las expectativas generadas con su anterior filme, tanto por calidad como por lo diferente de su registro genérico, jugaron en contra de la apreciación de la película. Aunque dotada de un soterrado y oscuro sentido del humor, la película se aleja radicalmente del tono cómico de su predecesora y retrata sin diálogos una semana en la rutinaria vida del realizador, que en realidad no se gana la vida con el cine sino trabajando en una explotación lechera. Nuestro protagonista desayuna, limpia, camina hacia el establo, trabaja, almuerza, prosigue su labor, regresa a casa y cena. Frente a esta sucesión de tomas lánguidas y dilatadas, los fragmentos que muestran el devenir de las vacas en su establo se nos ofrecen mediante una edición ágil, que contrasta con el conjunto del filme. Con ese contraste y su insistencia en mostrar las comidas, única actividad a la que se libra el ganado en el establo, Watanabe parece equiparar su anodino transcurrir al de los bóvidos, casi sugiriendo que la vida vacuna es menos aburrida. Sintetizando, una propuesta fílmica arriesgada, que tal vez sea mejor acogido en determinados circuitos aficionados al cine de arte en Europa que por la parroquia congregada en el TIFF.


One of the most divisive films so far has been “7Days,” the sophomore feature from sibling filmmakers Hirobumi and Yuji Watanabe. Viewers who warmed to the brothers’ insouciant 2013 debut, “And the Mud Ship Sails Away…,” will probably be appalled at the direction they’ve taken here. The new film is a dialogue-free “slow cinema” exercise that rivals the glacial pacing of Hungarian auteur Bela Tarr.

 

“7Days” documents a week in the life of a burly dairy farm worker, played by director Hirobumi, who lives with his superannuated grandmother. After a day’s worth of quotidian details on “Monday,” the action moves on to “Tuesday,” and we get an almost exact shot-by-shot remake of the previous day. If you can slow your pulse sufficiently, the film’s distinctive texture and transcendental tedium yield some rewards, though the experience proved too much for most of the people at the screening I attended.


I'm definitely in the minority here,

but I actually liked the Watanabe Brothers' transcendently boring 7 DAYS.


Don't shoot me, but I like Watanabe's 7 Days 七日 quite a bit


At least half a dozen people walked out of the screening of 7 Days that I attended at the Tokyo International Film Festival, five of them within the first thirty minutes. To be fair, you’ll probably know within ten minutes whether this is a film you want to watch in its entirety. Black and white, without a single line of dialogue, and consisting of a collection of repetitive, everyday images of farm life in rural Japan, 7 Days is closer to a museum piece than a narrative film, and I doubt it’ll be seen much outside the festival circuit.

 

It tested my resolve, to be sure. I won’t claim that those who were bored simply didn’t get it, or that it moved me immensely. But it has stayed with me, and if you can get past the initial premise, you might actually find yourself a little touched by it as well.

 

7 Days is the second feature from Foolish Piggies Films, founded by director Hirobumi Watanabe and his brother, Yuji Watanabe. Their first film, 2013’s And the Mud Ship Sails Away, was a comedy made on a shoestring budget featuring mostly non-actors in supporting roles. That film took place in the farming region of Tochigi, only a few hours from Tokyo but feeling a million miles away. The Watanabe brothers both grew up in Tochigi and have cast friends and family, including their 96-year-old grandmother, in supporting roles in both of their films.

 

For 7 Days, the Watanabes return to Tochigi and shift their focus to the repetitive rhythms of life on a dairy farm. The film takes place over one week, with “Monday,” “Tuesday,” etc. appearing as text on the screen as the week progresses. “Monday” consists of a series of long, mostly stationary camera shots—the farmer (played by director Hirobumi Watanabe) brushing his teeth, eating breakfast with his aged grandmother (again, the Watanabes’ own grandmother), taking out the trash, walking the long walk to the milking barn, milking the cows, eating lunch with his grandmother, washing the dishes, and shoveling manure. “Tuesday” is almost exactly the same. By “Wednesday” you begin to notice slight variations—the weather changes, they eat different foods. “Sunday” is a little more leisurely (the farmer plays baseball in the morning), but every day feels and looks very similar.

 

About two-thirds in I started to think of 7 Days as a haikai collection, where a theme is expanded upon through descriptions of simple sounds, images, and feelings—sometimes vulgar ones, like Basho’s famous account of a horse urinating by his pillow. In 7 Days, seemingly uninteresting (and sometimes vulgar) images and sounds are elevated through their arrangement and repetition. The images and the sounds develop a rhythm, and you begin to notice a merging of sound and tiny visual movements—the way the grandmother’s constant chewing matches the rhythm of the piano, or how the back-and-forth motion of a shovel complements a singer’s voice.

 

Images in the film are mixed with a varied score by Yuji Watanabe that includes a didgeridoo, a Jew’s harp, German opera, classical piano, an especially haunting Japanese folk song, and often just the ambient noise of the farmer walking through gravel or the wind rustling the trees. The ambient noise in particular has a soothing quality, and I found myself dozing off once or twice, but somehow that seemed like a normal part of the 7 Days experience.

 

Images that seemed mundane at first take on a striking beauty with the third or fourth viewing. Every morning the farmer walks a long, empty path with an unobstructed view broken only by the silhouette of a single, distant tree that made me think of Waiting for Godot. Wind ripples through bright white fields of wheat, and after two days of rain the sight of sunbeams peeping through clouds is stunning.

On “Tuesday,” the first time we see the same set of morning-to-evening images and sounds repeated—brushing teeth, garbage, breakfast, milking, lunch, shoveling—there’s a sense of boredom and frustration. For most of us, anyway, the idea of a life where every day is exactly the same is not a vision of happiness. But by the time that same collection of images and sounds appears at the very end of the film, something has changed. They’ve become comforting visual and auditory signposts in a small, intimate journey, a meditation on the rhythms of life and nature encapsulated in the events of a single week. It’s not a revolutionary journey, and not one that every viewer will be interested in seeing through to the end, but it’s an intriguing journey all the same.


7 Days

 

Shot with black-and-white, a thoroughly naturalistic film with a number of long takes and no dialogue might sound like the most attractive title for covetous cinephile all over the world, but sadly that is not the case for 7Days (2015), a Watanabe Brothers’ latest film. Their second feature turns into quite a disappointment, becoming a poor Japanese cousin of Béla Tarr’s The Turin Horse (2011), and failing to meet auspicious expectations after a controversial but positively reviewed previous film, And the Mud Ship Sails Away... (2013), which was premiered at 26th TIFF. Still, it is possible to see audacious spirit of filmmakers who gave birth to this project with lesser money than the previous work, cultivating possibility of independent filmmaking.

 

7Days does not seem to construct a narrative that an audience would normally expect from a film. Almost like a documentary, a camera keeps following a simple life of Man (Hirobumi Watanabe), a farmer played by the director, with his Grandma (Misao Hirayama). Beginning of the film is Monday. Screen shows the protagonist washing his face, throwing away trashes, eating breakfast, reading a paper, hanging laundries and working. No information of the characters is cogently revealed except some facts that we can predict from their actions. At least, Man seems to be a serious person, and maybe cultural; always watches news programs in the mornings, not variety shows; reads a book, not a comic; and listens to opera songs from TV during dinner, not J-Pop idol music. And when the protagonist washes his face again on Tuesday morning, an audience would assume that the same things might happen for seven days.

 

Béla Tarr’s masterpiece, The Turin Horse, shares the structural similarity with 7Days: repetitions of the same actions for one week. However, the structure is not the only resemblance, but their style and mise-en-scène: windy environments, long takes of walking characters and frequent uses of murky soundtrack. The biggest difference is that 7Days fails to be as visceral as The Turin Horse. Simply repeating the same everyday deeds over and over, Tarr represented a combat of mankind against nature in a tattered world. What does 7Daysrepresent? Beautiful but reticent cinematography by Woohyun Bang and acting which seems to be refusing to express, leave too many possibilities of interpretation. It can be a celebration of frugal living, lost hope in the post-apocalyptic world, criticism against urbanization, and so on. But what we need to keep in mind is that these arguments cannot be based on anything, because the film is signifying nothing. Of course, there is nothing to prevent a spectator from thinking that expressionlessness is the whole point of the film. Okay. Fine.

 

Having said that, none of them should indirectly imply that there is nothing original in the film. It is possible to conceive Asian religious views in everyday life of the farmer. Surrounded by nature, 7Days depicts the animistic environment that should be full of wild spirits. With or without a narrative, however, the depiction of spiritual nature does not really take the film anywhere. It gives an impression that Watanabe refuses to challenge something. Or he is challenging not to challenge.

During Q&A after the screening, one of gentlemen in the audience asked the director if he was inspired by The Turin Horse. Watanabe said that he respects Béla Tarr, but there was “no direct influence,” even though he expected this question. Intentionally or unintentionally,7Days winds up being a degraded version of The Turin Horse with a little bit of Asian taste. In the end, what was the point of the film? Has the director actually depicted something? Only thing that can be possibly said is that these are not valid questions for such an experimental film. Watanabe Brothers is surely questioning, with such an independent spirit, typical notions of what film should be and how film should express. And most of all, does film have to express something at all?